LiDAR APD センサのホワイトペーパー

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温度が APD LiDAR センサの挙動に与える影響の評価

このレポートでは、-40 °C ~ 125 °C の温度範囲における一般的な APD の性質に関する情報を提供しています。

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概要

LiDAR システムが自動運転車に取り入れられるようになるにつれて、センサで、温度がもたらす影響について理解しておくことが不可欠になるでしょう。こうしたセンサは、さまざまな環境条件で正確かつ確実に動作する必要があります。通常、「レベル1」の自動車では、-40 °C ~ 125 °C の使用温度範囲が必要です。センサの日光曝露、センサ内の機器の自己発熱、世界各地のさまざまな大気条件を考慮すると、センサを機能させるには、この温度範囲が必要になります。


アバランシェ フォトダイオード (APD) は、LiDAR システムに急速に取り入れられている主流のセンサ技術です。このレポートでは、-40 °C ~ 125 °C の温度範囲における一般的な APD の性質に関する情報を提供しています。

APD センサをこの温度範囲で使用するにあたり、以下のパラメータの依存性を理解しておくことが重要です。

  • 絶縁破壊電圧 (Vbr) 
  • 暗電流 (Id)
  • ゲイン (M)
  • スペクトル応答性 (S)
  • 動的挙動 (立ち上がり時間)
  • 静電容量 (C)

 

一般的なシリコン技術で製造される APD センサには、温度に依存する際立った挙動が見られます。 半導体の材質の物理に基づき、こうした依存性には、さまざまな物理特性が見られrます。  

 

この概要では、3 つの影響について解説します。

  • 電子とホールのペアの固有生成
  • 増倍した電子の平均自由行程
  • 電子とホールのペアが光学的に生成される確率

電子とホールのペアの固有生成

温度が上がるにつれて、価電子帯から伝導体に励起される電子の数が増え、これにより APD センサ内の逆方向電流が増加します。光によって追加電子が生成されていない場合、この逆方向電流は APD の暗電流と等しくなります。

増倍した電子の平均自由行程

APD の増倍した電子が動く平均自由行程は、温度に強く依存しています。温度が上がると、APD の半導体の材質中の原子核の動きが速くなることで、平均自由行程が短くなります。  平均自由行程が短くなると、衝突電離エネルギーに到達する確率が低下し、結果として固定バイアスではゲインが低下します。  同様の仕組みで、温度が上がると絶縁破壊電圧も上昇します。 

電子とホールのペアが光学的に生成される確率

APD 半導体の材質内の原子核の動きが速くなると、光子が原子と衝突して、電子とホールのペアが生成される確率が高まります。 この確率は量子効率、つまり、層に固有の定められた厚さのスペクトル応答性に直接依存しています。   APD の有効領域に完全に吸収されない光子の場合、温度が上がるとスペクトル応答性が高まります。 

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温度に応じて変化する測定

絶縁破壊電圧、暗電流、ゲイン、静電容量、 動的挙動測定は、191 V の絶縁破壊電圧で TE Connectivity の AD500-9 APD センサに適用されました。

温度 暗電流 (M=1、Vop=10 V) 絶縁破壊電圧 (Ibr=2 μA)

-40 °C

3.68E-12 A

95 V

 25 °C

1.06E-11 A

191 V

 85 °C

1.42E-8 A

275 V

 125 °C

7.87E-7 A

322 V 

表 1: T=-40 °C ~ 125 °C の場合の暗電流と絶縁破壊電圧

暗電流と絶縁破壊電圧

概要に記載されている 1 つ目の物理的な影響は、暗電流に大きな影響をもたらします。 温度が上昇すればするほど、電子とホールのペアの固有生成が増加します。  温度が上昇すると、暗電流は増加します。図 1 には、温度が 40 °C、25 °C、85 °C、125 °C の場合の AD500-9 APD の暗電流が示されています。2 つ目の物理的な影響は、絶縁破壊電圧 (Vbr) の電圧が高まることです。-40 °C では Vbr は 95 V に到達しますが、温度が 125 °C の場合には 233 V まで上昇します。絶縁破壊電圧の変化は、単純な線形関数です。一致する温度係数は、約 1.4 V/K です。表 1 は、Vbr の温度への依存性を示しています。温度が -40 °C で低電圧時の暗電流の電圧特性は、図 1 でグレーの長方形で示されている測定設定のノイズ フロアによって決まります。

暗電流の特性と温度の相関性
図 1: 暗電流の特性と温度の相関性

 

温度 電圧 (M=100)
-40 °C 76.0 V
25 °C 174.0 V
85 °C 259.5 V
125 °C 313.0 V

表 2: 暗電流の特性と温度の相関性

ゲイン

温度別の AD500-9 センサのゲインは、図 2 に示されています。Vbr の電圧が高まるのと同様の影響により、最適なゲインの動作点が高くなります。温度が上がると、電子の平均自由行程は短くなります。 この影響によって、固定電圧のゲインは低下します。 特定のゲインに到達するには、高い動作点が必要です。 低温になるとゲイン曲線の傾きは急になります。この場合、電子の平均自由行程が非常に長いため、衝突電離エネルギーに到達するのに十分な加速が低電圧で得られます。電圧を上げると、短時間でゲインが上がります。

温度に左右されるゲイン曲線
図 2: 温度に左右されるゲイン曲線

スペクトル応答性

温度が上昇すると、スペクトル応答性はわずかに高まります。 これは、光パワーが半導体の素材にすべて吸収されない場合に電子とホールのペアが生成される確率が高まるために起こります。  図 3 から、25 °C の応答性と相関するスペクトル応答性の傾向を読み取れます。温度が上昇すると、応答性が高まることが分かります。

相関するスペクトル応答性
図 3: -40 °C ~ 125 °C の場合の AD500-9 の相関するスペクトル応答性

静電容量

静電容量曲線から、電圧別の静電容量に関する情報を得られます。 これは受信機回路の寸法設計において重要なパラメータとなり、APD センサの動的挙動に大きな影響を及ぼします。 図 4 には、LCR メータで計測した AD500-9 APD センサの静電容量の傾向が示されています。

 

測定周波数は 1 MHz で、振幅は 15 mV です。図 4 に示されている挙動から、プレート コンデンサが役立つことを説明できます。低下したゾーンの厚さはプレート コンデンサの厚さを示しています。電圧によって、低下した領域が増加します。 そのため、図 4 から低下傾向を読み取ることができます。45 V で低下傾向が高加速して、増倍が完全に低下しています。

 

完全に低下した APD では、電圧が 50 V 以上になってもプレート コンデンサの厚さが変化しません。曲線は温度別に測定されています。 50 V を超えると、静電容量が温度によって変化することはありません。この挙動が、温度に左右されない、完全に低下した APD によって引き起こされることはほとんどありません。50 V 未満では、高温時の静電容量曲線は低温時の静電容量曲線よりも低くなる傾向がありますが、これは測定装置の限界の可能性があり、必ずしも物理的な原因とは限りません。 

 

LCR メータの測定パラメータ (周波数と振幅) は、低静電容量にあわせて最適化されています。そのため、電圧が 45 V 未満の場合よりも 45 V を超えた場合のデータの方が精度が高くなります。表 3 は、ゲインが 20 の場合の静電容量を示しています。この測定では、AD500-9 センサの絶縁破壊電圧が他の測定の APD よりも低くなっています。図 4 から、50 V を超える場合の静電容量は 1 pF に到達し、高温または高動作電圧でも大幅に変化することはないことが分かります。

温度 M      電圧 静電容量
-40 °C 20 40 V 12.9 pF
 25 °C
20 110 V 1.15 pF
 85 °C 20 190 V 1.09 pF
 125 °C 20 235 V 1.06 pF

表 3: M=20 の場合の温度別の静電容量

温度別の静電容量と電圧の相関性
図 4: 温度別の静電容量と電圧の相関性

立ち上がり時間とダイナミック レンジ

LiDAR システムでは、APD パルスの立ち上がり時間が性能の主要なパラメータとなります。そのため、それらのパラメータが動作電圧や温度に依存しているかに関する調査が必須です。  図 5 では、温度別の立ち上がり時間と電圧の相関性が示されています。超高速光学パルスの励起における応答をオシロスコープで測定することで、立ち上がり時間を判断します。  測定は 50 Ω の入力インピーダンスで実施されます。図 5 は、高温時でも同じ立ち上がり時間に到達するためには、高い動作電圧が必要になることを示しています。これにより、高温時の飽和ドリフト速度が低下します。 

図 5 の結果は、温度の低下により、動的挙動が改善されることを示しています。とはいえ、多くの用途では APD センサのゲインが固定されていることが重要です。図 2 は、温度別のゲイン曲線を表しています。前述したように、低温になるとゲイン曲線の傾きが急になります。 これは、低電圧であってもゲインが非常に高いことを意味しています。 


温度別の立ち上がり時間と電圧の相関性
図 5: 温度別の立ち上がり時間と電圧の相関性

立ち上がり時間とダイナミック レンジ

増倍した電子の平均自由行程は長いため、飽和ドリフト速度は速くなります。それでも、飽和ドリフト速度の高速化の好影響と釣り合いが取れるほど、電界は強くありません。図 6 では、立ち上がり時間とゲインの相関性が示されています。特定のゲインでは、温度が上昇した結果、立ち上がり時間が短縮されます。APD センサの強力な電界では、ゲインは同じであるものの、温度が高いためです。

図 6 から、継続的な環境光のシミュレーション下で増倍を固定するための動的挙動に対して温度がもたらす影響が分かります。ここでも、温度が上昇すると、特定のゲインの応答を速めるために高い動作バイアスが求められることが読み取れます。また、環境ライティングを強くしても、応答時間が短縮されたり、飽和の原因となったりすることはなりません。ただし、-40 °C では CW 光電流の自己発熱の影響により、動作バイアスがわずかに高まり、強力なライティング密度では APD が高速になったように見えます。

図 7 には、TIA の通常の入力レンジにおける、905 nm の CW ライティングのレベル別の光電流が温度別に示されています。-40 °C ~ 125 °C の範囲では、ダイナミック レンジは使用温度による影響を受けません。

立ち上がり時間とゲインの相関性
図 6: 温度別および 905 nm の CW バックグラウンド ライティングのレベル別の立ち上がり時間とゲインの相関性
APD の高ダイナミック レンジ
図 7: 完全にレベル 1 の温度範囲で APD の高ダイナミック レンジが維持される
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まとめ

このレポートでは、温度に応じて変化する、APD センサのパラメータの重要性について紹介しています。-40 °C ~ 125 °C の範囲では、要求される APD 特性が維持されることを示しています。そのため、905 nm にあわせて最適化された TE Connectivity のAPD はレベル 1 の温度範囲での動作に非常に適しています。このデータは、-40 °C ~ 125 °C で完全にレベル 1 の温度範囲における APD の性能を示しています。

著者

Jona Kurpiers、博士、TE Connectivity